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無神論を掲げて全宗教を弾圧していた

ソ連崩壊による最も顕著な変化の一つとして宗教の復活も挙げられる。

ソ連時代の当局は、無神論を掲げて全宗教を弾圧していた。特にロシアで最大の宗教組織であるロシア正教会をはじめとした正教会と、それに次ぐ規模を持つイスラームの被害は大きかった。またウクライナ東方カトリック教会も大きな弾圧に遭っている。ロシア正教会においては、救世主ハリストス大聖堂、カザン・クレムリンの生神女福音大聖堂など、大規模な記念碑的大聖堂が爆破・破壊されていき、各地の小さな聖堂も破壊されるか世俗的な目的のホールに転用されるかした。ソロヴェツキー諸島のソロヴェツキー修道院は強制収容所に転用されていた。

人的弾圧・被害も甚大なものであり、1921年から1923年にかけて、主教28人、妻帯司祭2691人、修道士1962人、修道女3447人、其の他信徒多数が処刑されたとする文献もある[2]。日本正教会の京都主教を務めていたことのあるペルミの聖アンドロニクは、生き埋めにされたうえで銃殺されるという特異な最期を遂げたことで知られている。
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こうした弾圧は長きに渡って続いたが、ペレストロイカ時代からかなり緩和された。ソ連崩壊前の1988年に、ウラジーミル1世の988年の洗礼を記念する「ロシア正教千年祭」をロシア正教会が大々的なイベントを伴って祝う事が許可されたのはその一環だった。

ソ連崩壊後は弾圧によって衰えた教勢が一気に回復し、ロシア正教会は復興を遂げた。復興したのはロシア正教会・グルジア正教会といった各地の正教会のみならず、イスラームや東方典礼カトリック教会も同様である。救世主ハリストス大聖堂は再建され、またカザン・クレムリンでも正教会の大聖堂とイスラームのモスクも両方再建され、こうした宗教復興を印象付ける光景を現出することとなった。

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2009年06月01日 15:31に投稿されたエントリーのページです。

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